東京高等裁判所 平成2年(行ケ)135号 判決 1991年7月09日
原告
エスエムシー株式会社
被告
特許庁長官
主文
特許庁が昭和60年審判第490号事件について平成2年3月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告(旧商号 燒結金属工業株式会社)は、昭和56年11月19日、名称を「ロツドレスシリンダ」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和56年実用新案登録願第172476号)したところ、昭和59年10月16日拒絶査定を受けたので、同年12月27日査定不服の審判を請求し、昭和60年審判第490号事件として審理された結果、平成2年3月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月2日原告に送達された。
二 本願考案の要旨
シリンダの内部及び外部にそれぞれ駆動磁石列及び被駆動磁石列を軸方向に摺動可能に配設し、駆動磁石列をシリンダの内部において流体圧で軸方向に駆動されるピストンに取り付け、前記両磁石列のそれぞれにおいて、シリンダの軸方向に複数の磁石とヨークとを交互に配置するとともに、前記複数の磁石をれらの同極同士を隣接させて、各磁石から出る磁力線がシリンダの径方向を向くように配列させ、かつ両磁石列は各磁石の異極同士を互いに対向させて配設することを特徴とするロツドレスシリンダ
(別紙図面一参照)
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 これに対し、昭和53年実用新案登録出願公開第154988号公報(以下「引用例」という。)には、シリンダチユーブ1の内部及び外部にそれぞれ永久磁石板11、13及び永久磁石板20、21を軸方向に摺動可能に配設し、シリンダチユーブの内部において流体圧で軸方向に駆動するようにボルト・ナツトで螺着されるピストン8を形成し、両永久磁石板のそれぞれにおいて、シリンダチユーブの軸方向に複数の磁石を中板12、22で挟んで配置するとともに、両永久磁石板は各磁石の異極同士を互いに対向させて配設することを特徴とするロツドレスシリンダ(別紙図面二参照)が記載されているものと認められる。
3 そこで、本願考案と引用例記載の考案とを対比すると、本願考案の「シリンダ」、「駆動磁石列」、「被駆動磁石列」、「ピストン」、「ヨーク」は、引用例記載の考案の「シリンダチユーブ1」、「永久磁石板11、13」、「永久磁石板20、21」、「ピストン8」、「中板12、22」にそれぞれ相当するものと認められるから、シリンダの軸方向に配列した複数の磁石について、本願考案が同極同士を隣接させた各磁石から出る磁力線をシリンダの径方向に向くように構成したのに対し、引用例記載の考案は複数の磁石の隣接配置に関して、同極であるか異極であるかについての特段の開示がない点で相違するほか、両者は実質的に同一の構成を有するものと認める。
4 次に、前記相違点について検討すると、本願考案において、複数の磁石をそれらの同極同士を隣接させて、各磁石から出る磁力線をシリンダの径方向に向くように配列し、磁力線をヨークの対向面に集中するように構成した点は、軸方向に配列した複数の磁石の同極同士を隣接し、かつ、両磁石列について各磁石の異極同士を互いに対向して配設した方が、軸方向に配列した複数の磁石の異極同士を隣接し、かつ、両磁石列について各磁石の異極同士を互いに対向して配設したもの(別紙図面一の第2図に示された配列)よりも、磁石自体の大きさ及び数量を変えることなくして、より大きな磁石列間の保持力を得ることが周知技術(例えば、昭和48年特許出願公告第5333号公報(以下「周知例」という。))であるから、前記構成の相違点は、通常の知識を有する者により普通に採用されると認められる程度の設計上の微差にすぎないものと認める。また、それによりもたらされる作用効果も、前記周知技術の存在を勘案すれば、当初から予測される程度のことと認める。
結局、本願考案は、引用例記載の考案と実質的に同一であると認める。
5 それ故、本願考案は実用新案法第三条第一項第三号に該当し、実用新案登録を受けることができない。
四 審決の取消事由
引用例に、「複数の磁石を中板12、22を挟んで配置する」構成を除き、審決認定の技術内容が記載されていること、本願考案と引用例記載の考案の一致点、相違点は、「ヨーク」が、「中板12、22」に相当するとの点を除き、審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、本願考案の「ヨーク」が引用例記載の考案の「中板12、22」に相当するとした点で一致点の認定を誤り、かつ、周知例の技術内容を誤認した結果相違点の判断を誤つたものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 審決は、引用例に、「複数の磁石を中板12、22を挟んで配置する」構成が記載されているとの認定を前提として、本願考案の「ヨーク」が引用例記載の考案の「中板12、22」に相当し、両者は実質的に同一の構成を有すると認定している。
しかしながら、引用例には、その第1図に、永久磁石板と永久磁石板の間に単に斜線を施した部分が描記されているだけで、それが「中板」であるとの記載も示唆も存しない。したがつて、引用例の右斜線を施した部分を中板12、22として本願考案のヨークと対比したこと自体誤りである。
仮に、引用例に中板が記載されているとしても、ヨークは強磁性体により構成され、磁力線を導くための磁路を形成するものであるところ、引用例には、該中板がヨークとして機能することについての記載はない。これに対し、本願考案のヨークは、駆動磁石列と被駆動磁石列においてそれぞれ複数の磁石の同極同士を隣接させた磁石配列を有していることと関連し、各磁石列のヨークが隣接する同極の磁極における磁力線の流れを他方の各磁石列のヨークに安定的に導くために機能している。たとえ、引用例記載の考案においてその中板に強磁性材料を用いたとしても、周知例の第3図(別紙図面三参照)に示されているような磁路が形成されることになり、本願考案とは磁気回路を全く異にし磁力を有効に利用することができない。
したがつて、本願考案の「ヨーク」が引用例記載の考案の「中板12、22」に相当するとした審決の認定は誤りである。
2 周知例に、軸方向に配列した複数の磁石の同極同士を隣接し、かつ、両磁石列について各磁石の異極同士を互いに対向して配設した方が、軸方向に配列した複数の磁石の異極同士を隣接し、かつ、両磁石列について各磁石の異極同士を互いに対向して配設したもの(別紙図面一の第2図に示された配列)よりも、磁石自体の大きさ及び数量を変えることなくして、より大きな磁石列間の保持力を得ることが記載されていることは認める。
しかしながら、周知例記載の磁石配列は本願考案の要旨とする磁石配列と明白に相違している。すなわち、本願考案においては、駆動磁石列と被駆動磁石列のそれぞれにおいて、シリンダの軸方向に複数の磁石とヨークとを交互に配置するとともに、前記複数の磁石をそれらの同極同士を隣接させて、各磁石から出る磁力線をシリンダの径方向に指向させ、それによつて磁力線がヨークの対向面に集中するように構成しているが、周知例記載のものは本願考案のヨークに対応するものを備えていない。
そして、両者は、右の構成を異にする結果、作用効果においても、顕著な差異がある。すなわち、本願考案は、ヨークを用いたことにより組立てに際して格別の反発力が作用せず、しかも磁力線をヨークの対向面に安定的に集中させることが可能となり、本願明細書において説明しているように、優れた磁石列間保持力を得ることができるという作用効果を奏するのに対し、周知例記載のものはその筒状磁石体組立てに際して、各磁石の同極間に大きな磁気反発力が作用するため、組立作業に困難を伴い、組立後も強力に磁石の連結状態を保持しなければ磁石間にずれを生じるという問題があり、さらに同極の磁極の接合面付近では磁力線の密度が極端に高くなり、その結果、磁力線が筒状磁石体の外側等に分散して有効に作用しない。
しかも、周知例記載のものは、天秤系における比重測定装置に用いることを使用例とする磁気接手機構であつて、これをロツドレスシリンダの磁気結合力を得るための手段として利用できるか明確でない。
しかるに、審決がこのような周知例のみの存在によつて、ロツドレスシリンダの磁気結合力を得るための本願考案の磁石配列が周知技術であるから、本願考案と引用例記載の考案との相違点は設計上の微差にすぎないと判断したのは誤りである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三記載の事実は認める。
二 同四の審決の取消事由は争う。
審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。
1 本願考案の要旨とするヨークが強磁性体のものであつて、磁力線を導くための磁気回路を形成する部材であることは認めるが、引用例には「複数の磁石を中板12、22を挟んで配置する」構成が記載されており、この中板が本願考案のヨークに相当することは明らかである。
すなわち、引用例には、その第1図に二枚の永久磁石の間に符号12、22を用い斜線で図示されている介在物が記載されている。一方、複数の永久磁石を組み合わせて使用する技術分野、特に磁石の吸引力又は反発力を利用する技術分野において、永久磁石の間に介在させる部材はその肉厚が変化することなくほぼ均一に立体状に形成されていることは、昭和47年特許出願公告第46111号公報(乙第三号証)・昭和45年特許出願公告第36401号公報(乙第八号証)・牧野昇編「永久磁石 その設計と応用」第七二頁(株式会社アグネ昭和47年3月30日発行)(乙第九号証)に記載されているように周知の事実であり、またその外形寸法は永久磁石板とほぼ同一であり、永久磁石が板状であれば板状に、角柱状であれば角柱状に、リング状であればリング状に形成されていることも、右刊行物や昭和50年特許出願公開第76456号公報(乙第一号証)・昭和43年実用新案出願公告第1381号公報(乙第二号証)・昭和17年実用新案出願公告第5100号公報(乙第四号証)等に記載されているように周知の事実であるから、引用例の二枚の永久磁石板の間に介在する部材は板状であり、中板と略称することができるものである。
引用例には中板が図示されているだけで、中板についての具体的説明はない。しかしながら、前記技術分野においては、永久磁石の間に介在させる部材は、磁力線を有効に誘導したり、又は磁化せずにその磁気回路に積極的に影響を与えて、磁石の吸引力又は反発力を強化するためのものであることは技術常識であり、具体的にはヨーク又は非磁性体を用いることは前掲乙第一号証ないし第四号証及び昭和40年特許出願公告第2181号公報(乙第五号証)に記載されているように周知技術であるから、これらの周知技術を勘案して引用例を検討すると、中板としては、ヨークの場合も非磁性体の場合も両方共に開示されているとみることができる。
この点について、原告は、たとえ、引用例記載の考案においてその中板に強磁性材料を用いたとしても、周知例の第3図に示されているような磁路が形成されることになり、本願考案とは磁気回路を全く異にし磁力を有効に利用することができない旨主張するが、引用例には、磁石の隣接配列について、特段の開示がないので、中板に強磁性体を用いたとしても周知例の第3図に示されているような磁気回路になるとは限らない。
2 審決は、本願考案のヨークは引用例記載の考案の中板に相当するので、両者は駆動磁石列と被駆動磁石列のそれぞれにおいて、シリンダの軸方向に複数の磁石とヨークとを交互に配置した構成では同一であり、シリンダの軸方向に配列した複数の磁石について、本願考案が同極同士を隣接させて、各磁石から出る磁力線がシリンダの径方向を向くように構成したのに対し、引用例記載の考案では同極であるか異極であるかについて特段の開示がない点で相違していると認定し、この相違点について、周知技術を引用して判断したものであつて、周知例記載のものがヨークを備えていないことは右相違点の判断に影響するものではない。
また、軸方向に配列した複数の磁石の同極同士を隣接させれば、各磁石から出る磁力線は互いに反発しながらシリンダの径方向を向く性質を持つており、この点において、本願考案と周知例記載のものとは差異がない。
原告主張の本願考案の作用効果は、引用例記載の考案に周知技術を適用したものの奏する作用効果にすぎない。
なお、本願考案の磁石配列が周知技術であることについて、周知例のほか、昭和50年特許出願公開第76456号公報(乙第一号証)、昭和33年特許出願公告第1036号公報(乙第七号証)を援用する。
第四証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)、及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。
1 成立に争いのない甲第二ないし第四号証によれば、本願明細書には、本願考案はロツドレスシリンダに関するものであつて、シリンダの外部に軸方向に摺動可能に配置した被駆動磁石列をシリンダにおけるピストンに固定した駆動磁石列に追随させて駆動するようにした周知のロツドレスシリンダにおいては、磁石列相互間の保持力を増大するには磁石自体の磁力又は大きさを増大するか磁石数を増加しなければならず、装置全体が高価格化・大型化する問題があるとの知見に基づき、この問題点の解決を技術的課題(目的)として(明細書第一頁第一五行ないし第二頁第一四行)、本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲)記載の構成(昭和60年1月25日付け手続補正書二枚目第六行ないし第一六行)を採用したものであり、この構成により「両磁石列間の磁力線をヨークの対向面に集中させることができるので、両磁石列間の保持力を著しく大きなものとすることができる」(前記補正書三枚目第一二行ないし第一四行、明細書第六頁末行)という作用効果を奏する旨記載されていることが認められる。
2 原告は、審決が、引用例に「複数の磁石を中板12、22を挟んで配置する」構成が記載されているとの認定を前提として、本願考案の「ヨーク」は引用例記載の考案の「中板12、22」に相当し、両者は実質的に同一の構成を有すると認定したのは誤りである旨主張する。
本願考案におけるヨークは強磁性体のものであつて、磁力線を導くための磁気回路を形成する部材であることは当事者間に争いがなく、本願考案は隣接する磁石の同極同士を対向させてその間に強磁性体であるヨークを配置する構成によりヨークに磁力線を集中させ磁石間の吸引力又は反発力を大きくするという前記1認定の作用効果を奏するものであることは、その要旨とする構成から明らかである。
そこで、引用例記載の技術内容を検討すると、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例は、名称を「シリンダ」とする昭和52年実用新案登録出願第59459号についての公開公報であつて、「実用新案登録請求の範囲」に「シリンダチユーブを非磁性体で構成するとともに、そのシリンダチユーブ中に摺動自在に嵌装したピストンとそのシリンダチユーブの外側にそれに沿つて摺動し得るように装備したピストン追従体とを、その双方に永久磁石を備えるかあるいはまた一方に永久磁石を備えて他方を磁性体で構成することにより、吸引あるいは反発による磁力で同時に一体的摺動できるようにしてなることを特徴とするシリンダ」(左欄第六行ないし第一三行、右欄第六行)と記載され、「図面の簡単な説明」に「図面は本考案の一実施例を示すもので、第1図は縦断面図、第2図は第1図の1―1線位置における横断面図である。1…シリンダチユーブ、8…ピストン、18…ピストン追従体、11、13、20、21…永久磁石板」(右欄第八行ないし第一三行)と記載され、図面として第1図及び第2図(別紙図面二参照)が図示されていることが認められるが、引用例には、引用例記載の考案が中板を備えているものである旨の記載はない。
しかしながら、引用例の右記載事項によれば、引用例の第1図には、シリンダチユーブ1の内部及び外部にそれぞれ縦断面長方形状の永久磁石板11、13及び永久磁石板20、21を軸方向に摺動可能に配設し、該永久磁石板11と13の間に符号12を、該永久磁石板20と21の間に符号22をそれぞれ用い斜線で永久磁石板と同じ長さでこれより幅の狭い縦断面長方形状の部材が図示されており、この部材はその形状からみて板状(厚みの薄い環状)でありこれが液体や粉体で構成されることは技術的にあり得ないから、中板と表現できるものである。
ところで、成立に争いのない乙第一ないし第五号証によれば、複数の永久磁石を組み合わせて使用する技術分野、特に磁石の吸引力又は反発力を利用する技術分野において、磁石の間にヨーク(強磁性体)あるいは非磁性体を介在させることは本件出願当時周知技術であると認められる。しかしながら、引用例は前述のとおり実用新案出願公開公報であつて、考案の詳細な説明についての記載はなく、当業者が前掲甲第五号証を検討しても、その部材がヨークであるのか非磁性体であるのか理解することができないというほかない。
すなわち、磁気回路を形成するためには、隣接する磁石間に強磁性体を配置し、磁石から出た磁力線を強磁性体内だけ通過させるように構成する必要がある。一方、隣接する磁石の異極が対向する状態で磁石を結合する場合、磁石相互の磁気的関係を断ち、各個の磁石が独立して機能するようにさせるためには磁石間に非磁性体を配置する必要がある。しかしながら、引用例の記載だけでは、そのいずれの目的で中板を配置しているか明らかでない。
また、前掲乙第一号証ないし第四号証によれば、①昭和50年特許出願公開第76456号公報の第1図の環状磁石1'及び1"は非磁性材料のリング1'''によつて隔離されている(第二頁右上欄第一行ないし第三行)が隣接する磁石は異極が対向しているのに対して、第2図の環状磁石21'及び21"は高磁性材料のリング(強磁性体と同義である。)20及び20'によつて隔離されている(同頁右下欄第一九行、第二〇行)が隣接する磁石は同極が対向している構成であること、②昭和43年実用新案出願公告第1381号公報記載のものは、同極が隣接した単位磁石7の間には極板(磁性体を指すと認められる。)8が配置されている(第一頁右欄第二六行ないし第二八行)構成であること、③昭和47年特許出願公告第46111号公報記載のものは、極性を逆にして並べた(異極対向状態で)隣接する二つのフエライト磁石の間に非磁性体のスペーサ8が配置されている(第二欄第四行ないし第八行)構成であること、④昭和17年実用新案出願公告第5100号公報記載のものは、同極が対向した隣接する酸化金属磁石3・3の間に高導磁性材料(強磁性体と同義である。)よりなる磁性板4が配置されている(第二四九頁下欄第一八行ないし第二〇行)構成であることが認められる。
右認定事実によれば、隣接する磁石を異極が対向するように結合する場合(以下「異極対向型」という。)には中間部材として非磁性体を用い、隣接する磁石を同極が対向するように結合する場合(以下「同極対向型」という。)には中間部材として強磁性体を用いるのが原則であり、異極対向型であると、同極対向型であるとにかかわらず、無原則に強磁性体(ヨーク)あるいは非磁性体を採用してよいものではないと認められる。
しかるに、前掲甲第五号証によれば、引用例にはその中間部材(中板)の物性についての記載も、その装置が異極対向型であるか同極対向型であるかについての記載も存しないことが認められるから、本件出願当時の技術水準を考慮しても当業者は引用例からは引用例記載の考案における中板がヨークであるのか非磁性体であるのか理解することができないというべきである。
もつとも、何らかの目的をもつて、中間部材として同極対向型において非磁性体を用い、異極対向型において強磁性体を用いることもないとはいえないが、本願考案は前記認定の構成、特に隣接する磁石の同極同士を対向させてその間に強磁性体であるヨークを配置する構成によりヨークに磁力線を集中させ磁石間の吸引力又は反発力を大きくするという前記1認定の作用効果を奏するものであるから、引用例記載の考案が本願考案と実質的に同一というためには、引用例記載の考案において隣接する磁石の配置が同極対向型であり、中板が強磁性体でなければならないが、引用例の記載からはそのように理解することができないことは前述のとおりである。
この点について、被告は、永久磁石の間に介在させる部材は磁石の吸引力又は反発力を強化するためのものであることは技術常識であり、具体的にはヨーク又は非磁性体を用いることは周知技術であるから、これらの周知技術を勘案して引用例を検討すると、中板としては、ヨークの場合も非磁性体の場合も両方共に開示されているとみることができる旨主張する。
しかしながら、隣接する磁石間の中間部材としてヨークを用いるか、非磁性体を用いるかは、その装置の目的・作用効果によつて異なるものであつて、それに伴つて隣接する磁石を異極対向型とするか、同極対向型とするかも決まること前述のとおりであるから、引用例記載の考案が隣接する磁石をどのような目的でどのように配置しているか明らかでないのに、当業者はその中板はヨークでも非磁性体でもよく、引用例にはその両者が開示されていると理解するとは到底いえない。
したがつて、引用例に「複数の磁石を中板12、22を挟んで配置する」構成が記載されているとの審決の認定に誤りはないが、本願考案の「ヨーク」は引用例記載の考案の「中板12、22」に相当するものであるとはいえないから、この点において両者は実質的に同一の構成を有するとした審決の認定は誤りというべきである。
3 以上のとおりであるから、本願考案の「ヨーク」は引用例記載の考案の「中板12、22」に相当するとした審決の一致点の認定は誤りであり、この誤つた認定に基づいて、本願考案は引用例記載の考案と実質的に同一であるとした審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市)
<以下省略>